備忘としての振り返り
〇お財布を落とすきっかけ
→店内に響いた大きな音
〇その時の感情
→子ども達じゃなかった
〇お財布を落としたことに気付いた時
→レジでお金を支払う段階
〇その時の感情
→子ども達を護れたんだ…
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落とした時には当然気付いていなかったから、
護れたという感覚は生じていない。
落としたことに気付いた瞬間になって初めて
説明のつかない感覚が表れている。
気に掛けるべき存在では無くなったという訳では無い。
気に掛ける度合を見直し、それぞれの個性と向き合い、
声の掛け方、目の向け方、耳の傾け方、手の掛け方を
そろそろ変えていく必要があるということ。
そして、自分自身。
「誰かに喜んでほしい」「笑顔になってほしい」
ナチュラルに見返りを求めずにそう思えることは
我ながら有難いことだなぁ~と思うことだけれど。
自分が犠牲になっている感覚は全く無くて
「自分のやりたいが誰かの嬉しいに繋がる♪」は
本当に有難いことだなぁ~と想うのだけれど。
その、【ビリーフ】をも見直す必要があるのではないか。
自分の中の本当の声に従っているつもりでいるけれど
本当の本当の、更に本当のところまで見えているだろうか。
聞こえているだろうか。感じているだろうか。
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満月期から、春分点を超えて新月期に入る。
この2週間ほどが変わり目であるように感じている。
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